2018年1月30日火曜日

鏡合わせの街、ウィーン(あるいはミリオポリス)

 ペラペラペラペラ……。

 紙の薄さとか人の話し声の擬音ではないです。資料を読んでいる様子の表現です。
 
 ずっとブルーテガルのため、主に中国の政治・文化や、家族生活に関して調べ続けています。
分からないことや想像しにくいことが多いんですよね……。自分からは大変に遠い世界というだけでなく、今まであまり積極的に手を伸ばしてきた分野ではなかったので。

 インプットとアウトプットの両立に苦労する日々です。夏コミの申込(重要)にもいい加減取り掛からないといけないのに、ああ”ー。
 
 息抜きがてら、資料を借りに行った図書館に偶然所蔵されていたこの本を読みました。

 
30年近く前のホントは思えない綺麗さ。ウラを返せばあまり読まれて……(震え声)

 
 ロート美恵さん『「生」と「死」のウィーン』です。
 
 冲方さんのブログで、シュピーゲルの着想を得た本として紹介されていたこの本。詳しくはぶらりずむ黙契録: シュピーゲル・シリーズ完結を見てネ。

 30年近く前の出版、冲方さんが再読されたころには著者の方さえ既に亡くなっていたような(世紀末《ファン・ド・シエクル》をご自身で越えることなくこの世を去られたそうです。黙祷)申し訳ありませんがどマイナーな新書です。正直、これのどこがシュピーゲルにつながっていくんだろう?と半信半疑な中、表紙を開きました。

 ところがどっこい(死語)、その中には世間一般に流れるウィーンのイメージを覆し、のちのグレートどマイナー感動SFスペクタクルハード戦闘少女ラノベ(過多):『シュピーゲル・シリーズ』につながる要素が確かにありました。

 表題の通り、この本はミリオポリスことウィーンという街に脈々と息づいてきたという「生(命、あるいは性かもしれなお)」と「死」という相反するイメージを、数々の逸話や芸術作品から紹介しています。「生」はともかく「死」という印象をウィーンに持っていた人は少ないのではないでしょうか。

 少なくとも一度旅行で滞在しただけの僕が持っていたのは、お洒落な街並みに優雅な音楽が鳴り渡る都、というステレオタイプな感覚だけでした。しかしのっけからそんな僕の悠長な気持ちは、右ストレートで打ち砕かれます。ハプスブルク家最後の皇后、ツィタの葬式のシーンで始まるんです!

 ハプスブルクという大変に大きな存在感を持つ一時代の終焉―ーそれを前にしてざわめき不穏な姿を見せる街=葬式の列について回る下世話な人々/皇族や葬儀にかこつけた商品を勝手に売る烏合の衆/永世中立国・共和国となった国の中できりきりと音をたてる政治。そこに優雅さは少なく、ただ不穏な空気だけが流れていたようです。

 まさにこんな街を、僕たちは知っているはずです。
 
 経済発展、国際交流、平和と発展をうたいながら「ロケットの街」と揶揄され、貧困や凶悪犯罪から逃れられない壱百万都市:ミリオポリス。

 冲方さんが創造し、描き出したあの街はこの先にあった(ある)と思わせてくれます。

 字幅の関係で割愛しますが、この本の中では他にもシリーズ内で重要な位置を占めた事柄の元ネタをたくさん知ることができます!

 テスタメントで重要な戦場とされた中央墓地、シリーズで大活躍したスーパー脇役(?!)、「蟻人間」ことオットー・千代田・ワイニンガーくんのモデル、などなど。ホンモノのオットーくんは結構世界史に一撃を加えていたようですよΣ(゜゜;)

 現在では大きな図書館などでないと読むのは難しいかもしれませんが、ぜひ探してみてください~。シュピーゲルファンなら絶対損しません!

2018年1月24日水曜日

【退路】5月のサミットは行きます!&冲方塾応募します!【爆破】

 いやあ、雪がスゴイデスネー。
 
 僕も今でこそ愛知住まいですけど、学生時代は東京に住んでいたので関東の皆さんの大変さが聞こえてきます。無理して外出しないのが一番。暖かくして、お部屋でゆっくりしていってね(死語?)


 え?


 他に言うことがあるだろうって?


 ええ?


 えーと……。



 冲方サミットに行かなかったどころか、
 全然触れなくてすみませんでした!<(_ _;)><(_ _;)>


 
 前回の、前回のブログを書いていた時はまだ楽観していたんです……。タイムシフトとはいえ、バッチリチェックして、すぐに感想と冲方塾への意気込みを書く……つもりでした(震え声)

 もう4日経っているなんて、信じられないよ、ダディー。

 ついに第二回冲方塾の告知もされて!浅田さんもれねねねさんも、うぶちんに自分の作品差し入れして、サミットアカウントで取り上げられてスゴいのに!僕ときたら。

 丸刈りにでもする?全剃りするの?オットーくんみたいに?というかお天道様の下歩けると思ってるの?ブタ箱入りだよ?オットーくんみたいに?
 

 いやいやいやいやいやいやいや。

 
 できればボーズにはしたくないし。お天道様の下も歩きたい。


 だから!?かわりに?!
 退路を断ちます!



 5月12日のサミットは必ず殴り込みかけます!
 &
 冲方塾には必ずシュピーゲルの長編で応募します!


 
 ついにその一部が明らかになり始めた第二回冲方塾。
 我々(僭越ながら自分も加えさせてください土下座)精鋭が待ち望んだシュピーゲルの対象作品追加ときちゃあ、戦線への参加に志願しないわけにはいきません。

 
 ロイヤリティの義務を果たそうとした”幸運の弾避け王子”のように。
 ただ我々と彼が違うのは、陰から後押ししてくれる<赤のジャック>がいないということ。

 さあ。

 孤独に、しかし確かに”つながり”を感じながら、ヤクトツァイトを始める時です!


 だんだんおかしな感じになってきたのでやめます(笑)。

 「ブルーテガル」も鋭意執筆中です!これで冲方塾に応募するかまだ分かりませんが、続報を待っていただければ泣いて喜びます!!



原作と「ブルーテガル」の資料にしている本。読むだけでも大変だけどガンバリマス

2018年1月17日水曜日

Flashbackした刻刻

 普段の生活のことについて書きたいので、今期のアニメの話でもします!
 
 何を隠そう朝はアニメを観ながら体操をし、朝食を食べるのが日課。えっ、白い目で観ないで。他の時間は観ていないから……。

 今期はまあ60点くらいですかね(どこから目線?)。あんまりスゴク気になる~ってものはないですけれど、「ポプテピピック」(以下ポプテ)「ダーリン・イン・ザ・フランキス」(以下ダリフラ)は話題になってたし、実際結構良いなと思ってます。

 どちらもよく考えて工夫した感じがしますよね。ポプテのいちコーナーのボブネミミッミはあんまり好みじゃないし、ダリフラはエヴァじゃん!ってツッコミせざるを得なかったですけれど。それくらいなら許せる範囲。

 とか言いつつも:実は僕のイチ押しは「刻刻」

キャラクター原案は梅津秦臣さん
原作はかなり前(煽り)にモーニング・ツーとかいうクソマイナー雑誌(とても煽り)で連載されていたマンガです。絵のタッチが好きで当時から目はつけていたんですけどいつの間にか連載が終わっていて手を出すタイミングを見失い……。今回の唐突なアニメ化発表(すごく煽り)をきっかけにようやく原作を購入したんですよね。(講談社さん許して)

 時間が止まった世界で暗躍する組織や謎の怪物と戦う、っていうのが猛烈にざっくりしたあらすじなんですが、状況の緊迫感が画面からビンビン伝わってくるんですよね!
 あんまり生気の感じられない人間の描写や、陰影のつけ方がなんとも言えずリアルで。物語に入り込んで、どう転ぶか分からない先の展開が気になって仕方なくなります。

 アニメではこの原作の良さに、アニメならではの特技=映像による表現でさらに新たな魅力を加えています。色遣いがサイケなんですよ~。その中で登場人物が動き回ると、まるで昔のホラー映画の名作みたいな印象。刺激的で気持ちをざわめかせます。

そういう要素を導入らしく端的に表現してくれているのがこのOP↓


 MIYAVI vs KenKenで「Flashback」。

 切り替えやアップが音に合わせて多用されていて、とても引きつけられませんか!?
世界的なギタリストであるMIYAVIさんの曲を聴くのは恥ずかしながら初めてだったんですが、サビのコーラスなんてトリップしていく人の叫び声のようですごく気持ちがアガりました。



 アニメーション制作のジェノスタジオは、昨年公開のアニメ映画「虐殺器官」を制作した気鋭の制作会社。「虐殺器官」は一度公開が立ち消えになりかかりつつも奇跡の復活をとげて我々まで届けられた作品ですから、それを支えたスタッフの作品なら今後のクオリティも安心でしょう。よければぜひ観てください~

2018年1月10日水曜日

覚えているものを、少しでも残す

どうも。
最近『ブルーテガル』の原稿をやるとメンヘラになるマンこと、川口です。


暗い話を書くとアテられるんですよね……。
口に出さなくても、考えたりキーボードで打ち込むだけで影響されちゃうんだから、人間のこころなんて移ろいやすいもの。
アウトプットしようとすると、その瞬間から変質していくということでしょうか。


今月から、しばらく不定期・おろそかにしてしまっていたブログをまたちゃんと動かしていこうと思っています。
ということで、本日の内容も最近書いていなかった日々の考え事~~(ドラえもんが道具を出す時の擬音)


以前にも書いた気がしますが、僕は毎日手帳に、その日の予定だけでなく実際にどう行動したかもつけています。
元々は普通に、スケジュールを忘れないよう先のことだけをメモしていたのですが、いつからか過去に自分がしたことも残すようになっていました。


この動機は不安感のため――あるいは安心感のためです。
自分の行動に無駄な行動がなかったかという心配の解消/確かに合理的かつ価値のある行動をしたという確信の獲得をしたかったから。


ただ、長く(もう5年近く)続けるにつれて、思いがけない効果が起こってしまうことに気づいたように感じています。
忘れるから、覚えておきたいからと思って書き残すほど、実際に覚えておく力=無から思い出す力が低下していっているような感覚があるのです。


これは道理といえば道理です。記憶するための脳細胞を使わず休ませて、外注に出しているわけですから。
筋肉だってトレーニングしなければ衰える。自転車だって乗らなければ錆びつく。ペダルからイヤな音がしますよ~キィ~~ってなもんで。


外に出すことは諸刃の剣かもしれません。
楽だけど、自分のものになるはずだった何かを確実に失う。
アタマを柔らかくして、いつも環境に鋭敏になっていれば確かに記憶に残せたかもしれない、美しい風景やかぐわしい香りも文字には残りません。ただ「綺麗な風景を見た」「良い香りだった」、そういう言葉に集約されてしまいます。


念押ししたいのは、僕が書くことを好いているということです。
辛いことや大変なことに惑乱した気持ちも、胸いっぱいに満ち溢れた嬉しさや愛も、書けば自分の手で扱えるようになって、人に伝えられるという思いを抱けます。


ラクさや忙しさにかまけて、価値のあるものを無味乾燥な事実にしてしまわないよう気を付けること/書き尽くせないものを、少しでもホンモノに近づけられるよう言葉を連ねるという熱意を失わないことが大事でしょうか。


最近絵を勉強しようと思いたち、好きなマンガを模写しています。
描く事も書く事と同じ要素がある?

2018年1月1日月曜日

あけましておめでとうございます!&冬コミありがとうございました!


あけましておめでとうございます!
&
冬コミありがとうございました!

今回のC93にてコミケ参加も3回めとなり、以前から続けて来て下さる方・声をかけてくださる方などがいて、嬉しい体験に満ちたコミケでした(T_T)

加えて、既刊が見込み以上に売れて、お詫び申し上げないといけない場面もあり。
モノを世に届けるというのは難しいなァという学びも得られました。
もちろん他の参加者の方々からの素晴らしい戦利品は言わずもがな(笑)。

序章のみの小冊子という少し悔しい形態ながらも手に取ってくださったお客様、
素晴らしいイラストを提供してくださったガラスさん、
コミックマーケット準備会の皆様に今一度感謝致します。
本当にありがとうございましたm(_ _)m

そして……

夏コミにも『众』参加します!
このコミケで『ブルーテガルシュピーゲル』完結させます!

昨年は『アリア』『シュヴェーアト』『loop』『ブルーテガル』の計4作を発表した、自分としてはかなりハイペースな作品発表をした年となりました。

短編中心でしたので、今年は作品数は絞りつつも字数を増やすことで、昨年に劣らない活動をしたいと思っています。

シュピーゲルは、創作活動は終わりません。
書き続け/読み続け、連なる人々の善きつながりがある限り。


2017年12月23日土曜日

コミケ新刊:シュピーゲル本情報更新!

今日は良い天気でしたね?(ひと月黙っていたことはスルー)

2020夏コミがゴールデンウィーク開催とのニュース、インパクトありますね……。
流されてしまうかもしれませんが、来週末の冬コミへ持ち込むものの内容が確定したのでお知らせします!

既刊に加えて、

蛭雪を主人公にした「シュピーゲル」二次創作
「ブルーテガルシュピーゲル」の導入部分
小冊子にして無料配布します!

ガラスさんの書いてくださった表紙、アリガタイです(;人;)
ブースに来て頂ければこのイラストに加えてもう1枚お手元に。

「ブルーテガルシュピーゲル」
(表紙イラスト、本文導入部とモノクロ挿絵1枚を掲載した小冊子版)
著:川口 けいた
絵:ガラス
A5判/16P/コピー本/無料

 当該小冊子はブースに来て声をかけてくださった方限定でお渡しします。
 掲載内容のネットでの公開や通販も現在未定で、実際に足を運んでくださった方だけに特別にお見せする形です。

 導入部分てなんやねん、と言われるとマイイヤーが大変にペインを発します(汗)。
 実は本作は約10万字の長編を目指してスタートさせました。
 そこまでの文字数を書くのはかなり久々で、恥ずかしながら執筆が大変に難航しており。
 皆様のご笑覧に耐えうると自分が納得できる部分までを頒布させて頂くことに相成りました。

 夏コミには……夏コミには必ず完成させて持ち込みます!

 ガラスさんの美麗な蛭雪と陸王のイラスト(←重要)と、不肖私の原稿を少しでも早く見たいとおっしゃってくださる精鋭の読者の皆様、
 
 来週土曜、コミケ2日目東サ10bにてお待ちしております!!

以上、久々の投稿過ぎてキャラを忘れた川口でした。

2017年10月30日月曜日

la la larks二次創作小説『loop』最終第4章公開!


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畠山に激励されたみつほはついに『彼』と、
そして自分の気持ちと向かいあう。
くじけそうでも、目を合わせて笑ってみせるために。
散々な毎日でも、私はーー
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『loop-廻る私を置いて行く-』
作:川口 けいた/各章扉絵:ガラス(後日公開)






最終:第4章.


 その週の木曜日の朝、みつほはいつもより一時間以上早く目覚めた。アラームも使わずに。
 起き上がり、おもむろに窓を開ける。天気は秋晴れで、少し冷たいけれど気持ちの良い風が吹き込んだ。

 顔を洗って、普段なら食事をとるところだったが、今日はいきなり掃除を始めた。溜まっていた服を洗濯機に放り込み、布団を干して、部屋中に掃除機をかけた。ベッドの裏に原因不明に落ちていた小物や、引き出しの隙間に曲芸的に入り込んでいた服なんかを発見しつつ。

 「よし」
 自然と声がもれ、満足感&達成感と共に時計を見ると、ちょうど通常起床する6時過ぎだった。まとめた要らないものやホコリは、空っぽだった一番大きいサイズのゴミ袋をぱんぱんにするほどだった。

 お腹が鳴る。身体を動かしたせいだろう。レトルトのご飯を用意して、インスタントの味噌汁をつくり、冷蔵庫の奥から漬物を引っ張り出した。そんなものかと侮るなかれ。朝食に液体以外を摂取したのはいつぶりだろう?
「いただきます」
なんとなくそういう気になって、机の前できちんと手をあわせた。テレビもつけないで、無言で食べた。温かくて、美味しかった。

 食べ終わったら化粧を20分かけて行い、スーツに着替える。今しがた役目を完全に果たしたゴミ袋を手に持ち、このスーツもそろそろ買い替えようかなどと思いながら外へ踏み出すと、秋晴れの空が広がっていた。抜けるような青空に適度な温度の風が吹いて、とても気持ち良い。しばし立ち止まり、味わった。

 忘れずにゴミを出し駅に着いて電車を乗降する間ずっと、みつほは色々なことを考えていた。それらは時期の差こそあれど全て過去の物事だった。特に社会人になってからの、楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと……記憶の中のどの景色にも常に、ある人物がいたことにみつほは改めて気づいた。
 結構見ていたんだなあと驚き、感心した。自分をほめてやりたくなった。

 「おはようございます!」
 到着して朝イチの挨拶もいつも以上、妙に大きな声を出してしまって、何人かに振り向かれてしまった。
 「お、おはようございます、円さん」
 畠山までちょっと驚いている様子。
 「なに?引き気味じゃん」
 「いや、そんなことは」
 「ジョーダンだよ」
 慌てた様子で首を振る畠山に近づいて、声をひそめる。

 「今日、課長と飲みに行く」
 息を呑む気配。
 「それは」
 しばらく間が空いて、畠山はようやく言葉を続けた。
 「……楽しんできてください」
 上目づかいで、なぜだか汗までかいている。
 「楽しんで、って顔じゃないよ、ばーか」
 笑って小突いた。



 夜。
 
 すでにみつほは歩き出していた。『彼』と並んで。

 『彼』の婚約を知ってからのおよそ2週間の内で一番くらいの熱量で仕事にあたったみつほは、充実感と達成感と共に職場を後にした。ぴったり定時に。

 定時あがりだったのは『彼』も同じだった。つまるところ連れ立って帰路についたわけで、妙な噂をたてられやしないかという危惧がみつほにはないわけではなかった。しかし『彼』は全く気にした様子もなく。

 “じゃ、行こうか。円くん”

 出がけにそんなことを言ってみつほの肩を叩き、席を立ったものだった。その様子があまりに自然かつ颯爽としていたので、同僚たちもごくためらいなくみつほに何事かと尋ね、みつほ自身もよどみなく答えた。

 “ちょっと悩んでることがあって”

 それは事実だったから、たとえみつほが仕事に関して、と添えなくても同僚たちは勝手に解釈してくれただろう。単に優れた上司として迷える部下の相談に乗ってやるのだ、と。
 そう思うようにした。どうせ強弁したところで邪推する者はする。大体そんな悪気があったら木曜日なんて指定しない。

 『彼』はみつほより背がずっと高くて、歩幅も大きい。それでもそんなに離されることはない。自分の歩く速さにあわせてくれているのだと察する。

 「お店、こっちであってたかな」
 『彼』に問いかけられる。みつほは微笑んで答える。
 「はい。あまり覚えていませんか?」
 「うーん、あの歓迎会の時以来だからね」
 『彼』は困ったようにはにかむ。かわいらしい、などと不遜なことを内心で思う。

 目指す店はみつほが予約した。自分で段取りをつけたかったし、行きたい店があったのだ。『彼』がみつほと同じ課に来た時歓迎会で使った、思い出のイタリアン・レストラン。

 「婚約者さんは、怒りませんでしたか?」
 リラックスした、だけど臨戦態勢の気持ちで、自然に踏み込む。
 「特にそんな様子はなかったね。信頼してくれていると思うよ」
 ごくさらりと返される。瞬間、爪先がぐらついたような感覚。気のせいだ。足はしっかり地面を踏みしめて、みつほは『彼』を見上げている。

 「それは、嬉しいですね」
 みつほは心からそう言った。
 「本当にね」
 返ってきた言葉も、心からの気持ちに溢れていると思った。

 店に到着して、みつほたちは他から離れた奥の席に通された。予定通り。予約するときに指定したのだ。
 この店は静かで食べ物も美味しかったから、みつほは先の『彼』の歓迎会の後も気に入って使っていた。だから提案した時、『彼』がその後一度も行ったことがないと知ってぴったりだと思ったし、予約するならあの席だと決めた。

 「懐かしいな」
 『彼』は薄暗い店内のあちこちを見回している。みつほはメニューを差し出した。
 「何、飲みますか?」
 「イタリアンなら赤ワインかな」
 「じゃあ私は、シャンパンで」

 段取りを全て女がつけるなんてヘンかもしれない。でもみつほは気にしないことにした。
 これはエゴだ。
 私は、私が完璧に吹っ切れる状況で、さよならに逃げ込みたい。
 たとえそれが過ちだったとしても。



 「それで、今日はどうかしたのかな」
 乾杯して前菜を楽しみパスタを待つ間、『彼』がさらりと問うた。

 来た、とみつほは思う。

 「どうって?」
 問い返すと、『彼』は苦笑した。
 「円くんが話したいことがあるって言ったんじゃないか」
 「まあ、そうなんですけど」
 濁し気味に返して、シャンパンを口に含む。喉が渇いていた。

 「僕は驚いたよ。知り合った頃以来だと思ってね」
 それは事実だ。フラッシュバックする。
 『彼』が課に来てまだ間もない頃、ただの先輩と後輩だった時。
 みつほは何度かこんな風に飲みに連れて行ってもらっていた。仕事の愚痴を聞いてもらうために。一部の下心を持って。
 そのたびに的確な答えをもらえて、気持ちはいつもすっきりしたけれど、それ以上のことが起こることはついぞなかった。あの頃から、目は。

 振りほどいた。

 「確かに、言われてみれば。懐かしいですね」
 ちょっと笑って、言葉にのせて記憶を追いやる。
 全て過去のことだ。
 私は今、この人の前に座っている。

 「実は、先輩に、ずっと黙っていたことがあって」
 心臓の鼓動が早まっていく。お酒のせいだけではない。
 喉が渇いて仕方がない。からからだ。声が震えていないか不安になる。
 「言おう、言おうとは思っていたんですけど」
 余計な前置きを重ねてしまう。たった一言だけなのに、本当に伝えたい言葉を言い出せない。
 長くしまいこんで、眺めているばかりだったから。引っ張り出すことさえ難しくなってしまった。
 それでも。

 「先輩がとっても幸せだって分かってるんです。こんなわざわざ連れ出してまで、邪魔して水差して、言うようなことじゃないって分かってるんですけど」
 『彼』は黙っている。続きを促しているつもりなのだろう。
 内心では不審がられているのではないか。
 怖くて怖くてくじけそうになりながら。
 それでも。

 「好きです」

 伝えるべき言葉を、口にした。
 時間が止まった気がした。

 もちろん気のせいだった。『彼』が一瞬目を丸くした後真顔になった表情の動きが見えたし、タイミング悪くパスタを持ってきたウェイターが現れたからだ。空気を察したのか、皿を置くと何も言わずすぐに去ってくれたのは幸いだった。

 「……今日は驚かされることが多いな」
 ウェイターが消えて、それでもなおたっぷり間がおいたのち『彼』はそう呟いた。独り言みたいだった。
 「ごめんなさい」
 思わず伏し目がちになり、謝罪が口をついた。

 「なんで謝るんだ?」
 「だってやっぱり、先輩にも婚約者さんにも失礼だし、私の自己満足で、迷惑にしかならないし」
 謝るくらいなら言うなという後悔の念が洪水のように降り注ぐ。

 「そんなことはない」
 遮られた。
 反射的に顔を上げる。剣な面持ちで真っ直ぐにこちらを見つめる『彼』の顔が眼前にあった。
 「とても嬉しかった、ありがとう」

 その言葉によって、みつほは歓喜と恐怖に同時に襲われるというかつてない経験をした。
 否定されなかったという嬉しさが前者で。
 その先を聞きたくないという怯えが後者で。
 そしてどちらの気持ちも、目を合わせて向き合えという意志でねじ伏せた。

 「だけど、すまない」

 『彼』が言い終わってからもたっぷり10秒近く、みつほは目をそらさなかった。それだけかかって、なんとか自分を許してあげられると思った。

 「分かってます」
 力を抜いて、椅子に深くもたれる。
 「課長こそ謝らないでください。私が勝手な気持ちを、勝手に伝えただけです」

 『彼』はまだ姿勢を崩さない。真面目に続ける。
 「なら僕だって、勝手に謝っただけだよ」
 「ええ?屁理屈ですよ」
 思わず少し吹き出した。それで安心したのか、ようやく『彼』の表情もほぐれた。

 「いつから、だったのかな」
 「うーん」
 考え込む。改まって尋ねられると、はっきり答えられなかった。
 「初めて会った時、かな」
だから、自分がそうだと思いたいことを伝えた。

 「なんてこった」
 『彼』がおおげさに天を仰ぐ。
 「僕も鈍感だな」
 「ホントです。いざ結婚してから、奥様のご機嫌損ねないように、気を付けてくださいね」
 冗談めかして言うと、『彼』も訳知り顔で答える
 「恐ろしい問題だな。ぜひ指導してくれ」
 「昔の課長みたいに?」
 「ああ。女心に関しては君の方が先輩だ」
 「なんですか、その表現」

 みつほは今度こそ相好を崩した。
 恐怖も悲しさも消えて、充足感と楽しい気持ちだけが身体を満たしていた。
 「パスタ、食べましょ。冷めちゃいますよ」
 『彼』と目を合わせて、笑ってみせた。

 

 「……それで、その後はどうしたんですか」
 以前のように並んで座る畠山が尋ねた。数日後、例の畠山行きつけのバーカウンターにて。 
 店内は少しも暑くないのに、畠山はまたもやなぜか大汗をかいている。多汗症なのだろうか。

 「どうもこうも。美味しくゴハン食べて、帰ったよ」
 こいつは相変わらず変な後輩だなと思いながら、みつほはグラスを傾けた。今日は梅酒のロックだ。
 店内には今日も他の客はいない。バーテンさんも引っ込んでしまった。大丈夫なのだろうか。

 「お互いに話題にすることもない感じですか」
 「そりゃないでしょ。私はあの場でカンペキに振られて、それで終わり」
手元にはこれまた例の海老のアヒージョがある。みつほは一尾フォークに刺して口に運ぶ。

 「うわ、ホントに、梅酒でも合うね」
 すっかり気に入ってしまって、ぱくぱく食べる。
 「言った通りでしょ?いや、まあ、それはいいんですけど」
 畠山はその隣でもごもご呟いている。
 
 「じゃあもう、全然引きずってない感じですかね」
 「全然?うーん、100%ではないけど」
 「あ、や、やっぱりそうですよね、すみません」
 「理由もないのに謝らない。前も言ったでしょ」
 肩のあたりを軽く小突いた。

 「お望み通り、バーンと指導してあげたつもりなんだけど」
 「あっ、はい!ありがとうございます!!」
 畠山は馬鹿正直に答えると、背筋を伸ばしてかしこまっている。
 抜けてるというか、真面目過ぎるというか。
 からかってやりたくなった。

 「しっかりしてよ。畠山君、この間は余裕ある感じで、ちょっと格好良かったからさ」
 囁く。
 畠山は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
 「こ、こ、この間、かっ、格好良かった、というと」
 「畠山くんが鳩みたいに……、ハトヤマくんじゃん。あはは、面白い」
 この間の余裕も一瞬繕ったのもどこかで失くしてきてしまったかのように慌てだす畠山を尻目に、みつほは一人で楽しくなって笑っていた。
 


 毎日は散々だ。
 自分自身につき続けた甘い嘘は、実現することなく終わった。
 相変わらず部屋は汚いし、朝は憂鬱だし、新しいスーツも未だに見繕えていない。
 『彼』と接するたび、残りカスみたいな想いが降って湧いたように胸の中を走り回る時もある。

 それでもみつほは、自分は大丈夫だと思った。
 決めたから。

 立ち止まらないことを。



 fin.