2017年10月5日木曜日

la la larks二次創作小説『loop』第2章公開!

  
 こんばんは。

 la la larks二次創作小説『loop』第1章公開からはや2週間。
 マイナスが手をつないで目の前に立ちはだかる中、
 時間がたりない、足りてることがたりてないとうめきつつ、
 

 第2章を書き上げました!


 ひとりになると聞こえるんですよ……苦しいならやめていいと………
 でもやはり、僕は物語でla la larksを応援したいです!

 ラララの歌詞から引用させてもらいました。
 ちょっと強引でしたね(苦笑)
 どの曲からか当ててみてください(^^)



 ↓↓↓本編は以下から始まります。↓↓↓


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敬愛する『彼』の婚約を知り落ち込むみつほ。
目をそらしていた嫌なものにも気づかされ、諦めたように日々をなぞる。
そんな彼女に呼びかける者がいた。
良かったら、このあとーー

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『loop-廻る私を置いて行く-』
作:川口 けいた/各章扉絵:ガラス


第2章.



 目の前が真っ暗になる、という言い回しがある。食後の食器を洗いながら、そんなことあるわけないとみつほは自分に言い聞かせている。

 どんなに衝撃をくらって、心が弱っても、目を開けていれば風景は見える。世界の終わりが訪れたように感じていたって。青くて澄んだ空はそこにあるし。差し込む陽光は遠慮なく網膜へ届いている。暗くなったと思うなら、単にそれはとっさに瞼を閉じただけのことではないか。

 反射的にそういう行動をとるというのは、まあ考えられなくはないだろう。何かにぶつかりそうになったときとか。試しに目をつむってみた。暗くはなる。それでも光の存在は感じる。
 もしかしたら万に一つ、動揺のあまり自分が目をつむったことにさえ気づかない、ということはあるかもしれない。怒られるたびにぎゅっと顔をしかめて防御する自分の姿をみつほは想像する。おびえている子供みたいな実年齢二十八歳。

 「あほらし」

 みつほはわざわざ口に出した。そのせいで余計に認めた方が良い、という気分にさせられた。
 視界が暗くなんてなっていないけれど。言い聞かせるみたいにこんなことをわざわざ考えるなんて。
 どうも自分は『彼』が幸せになることに、少なからずショック受けているらしいと。

 “友達の紹介で知り合った年下の子と、っていう話だよ”

 あの日、同期は饒舌に話した。彼女に悪気はなかっただろう。みつほは仕事以外の『彼』の話を彼女にしたことがなかった。信用していなかったわけではないけれど、それとこれとは話が違う。『彼』に対する気持ちはそっと胸に留めておきたかったのだ。

 “仲の良い人との内輪の飲み会で、ちょこっとだけ話したらしくて。私はそこに参加した先輩に聞いたんだけど。ホラあの人”

 同期はそう言って他支店の行員の名を挙げた。みつほも知っている、来年にも課長になるだろうと言われている将来有望な男性だ。確かに『彼』とも年次が近いはずだった。

 “いやー聞けてラッキーだったわ。あんまりしつこく誘ってくるから、この間一回だけ一緒に飲みに行ったんだけど。あ、もちろん何人かでだよ?嫌々行った甲斐があったってもんだね~”

 まだ何か言っていたような気がするが、とてもみつほの頭には入っていかなかった。覚えているのは尋ねたことだけだ。

 “その、お相手は、どんな人なの?”
 “あ、やっぱり気になるよね!なんでもどっかのお嬢様大卒で。中学校からずっとそこに通ってた、みたいな。きっとお金持ちの家なんだろうねぇ。先輩は写真も見たらしくて、かなり可愛かったって。でも何がヤバいってさ、その子の年いくつだと思う?”
 “えっ……。私たちと、同じくらい?”
 “二十五だって。にじゅうご。十一歳差。犯罪じゃんね~”

 畠山より若く、あの人と知り合った頃の自分とほとんど変わらない年齢。とてもかなわないと思った。仲良くなったと浮かれていた今の自分でも。出会った頃の、何も知らなかった自分でも。

 どんどん気持ちが沈んでいく。止めて留めて、大事にしまいこんで、胸の奥底へ沈殿していって。今や腐臭を放っている。
 こんな自分は嫌なのに。足元がおぼつかなくなって、どこにいるか分からなくなりそうだった。

 確かめたくて、手に持っていた片付け途中のお皿をいったん置き、部屋を見た。みつほが暮らす1K。

 そこそこお気に入りの部屋だ。建てられてから五、六年しか経っていないし、防音がウリでいつも静かなもの。家具も別に高級ではないけれど、お気に入りのものでそろえた。自分だけの穏やかで落ち着ける部屋。お風呂とトイレも別だし。
 でも、そこは今、妙にくすんでいるようにみつほには見える。

 床には洗濯物や仕事のカバンが乱雑に投げ出されている。机の上には先ほど食べて置きはなしの惣菜パック。帰り道のスーパーで半額だったものだ。その隣には一緒に買って飲み干したお酒のカン。その下には出しそこなったゴミの袋がぱんぱんになって転がっている。
 今の今まで洗っていたお皿だって、いつから置いてあったか分からない。急に思い立って、だらだら流しに運んだだけ。

 あの日から、というわけではない。日々の生活は、ずっとこんな調子だった。
 始めから分かっていた――『彼』はこんなみつほなど、ただの後輩としか見ていないと。
 
『彼』に追いつきたくて、認められたくて頑張ってきた。
 四年前、仕事に慣れてきて、ともすればこんなものかとなめかけている節があった二年目のみつほは『彼』の有能さに一発でのされた。

 お客様のもとに足しげく通い、どんなにフワフワだったり急だったりする要望にもすぐさま的確に答え、融資につなげて実績とする。それを大変そうな様子さえ見せず、いつもにこやかな笑顔さえ浮かべてこなしていく。それが出会った時から変わらない、彼のやり方だった。

 『彼』のように自分も他人から見てもらいたくて。誰より『彼』に自分を見てもらいたくて。ここまでやってきた。そのおかげで、どうにか仕事ではそれなりに評価してもらえていると自負できるようになった。それでも。

 “ま、わたしたちは仕事が恋人だもんね!”

 話の終わり、同期が無邪気に言った言葉がささくれみたいに胸に刺さっている。
 そんなつもりじゃないのに。
 笑っていた同期だって、なんだかんだで男性からの評判は悪くないことをみつほは知っている。
 きっとえり好みしているだけなのだ。

 ぐちゃぐちゃした思いは一朝一夕では消えてくれず、行き場なく胸の中を走り回っている。こんなありさまになっても。もしくはこんなありさまになるほどに。

 時間がたてば、消えてくれるのだろうか。気持ちにふたをして、全部忘れて、生きていくことができるのだろうか。これからまだしばらくは職場で一緒に仕事をし続けるのに。あまつさえ、幸せそうに振る舞う『彼』の姿を見せつけられるのに。
 消えてほしい。消えると信じたい。そう考えるよう何度も自分に命じた。
 一方で、どうせしばらく、あるいはずっと無理だと冷笑しながら。

 気づけば24時を回っていた。身体に響いてくる時間。しかも明日は月曜日だ。
 「お風呂、入らなきゃ」
 自分に言い聞かせるように呟き、のろのろとバスルームに向かう。

 お湯が張れたら、さっさと入って、寝てしまおう。最近寒くなってきたから、身体をよく温めて。起きたら食事をして、いつも通りの時間に出て、仕事をすればよい。
 そうやって、同じ毎日をなぞっていけば……。




 翌朝、みつほは予定通り、まったくいつもの時間に家を出た。ルーティンに従ったわけだ。そうするのが一番楽だった。
 車窓を流して、下を向いて道を歩いて、気づいたら職場に着いていた。
 「おはよう、ございます」
 一瞬のためらいが歯切れ悪く現れた。何か気取られたのではないかと自意識過剰になる。もちろんそんなことはなく、まばらな返事があっただけだった。

 「っす、円さん」
みつほの課にいたのは畠山だけだった。相変わらずもごもごした口調だ。『彼』はまだ来ていない。

 カバンを置いて席に座って、パソコンを点ける。自分も機械になったみたいに手を動かしながら、みつほは目も向けずに畠山に声をかけた。
 「畠山くんってさぁ、結婚願望とかあるわけ?」
 排水溝が詰まったようなヘンな音が隣からした。見れば畠山がごほごほせき込んでいる。手にはペットボトル。飲もうとしてむせたらしい。

 「ちょっと、こっち飛ばしてないよね」
 嫌悪感を隠さず引き気味になる。
 「い、いえ、自分にちょっとこぼしただけです。すみません」
 畠山は口元をハンカチでぬぐいながら言う。ようやく落ち着いたようだ。
 「け、結婚願望ですよね。無くはないですよ。でも今は彼女もいないですし」
 伏し目がちな様子に苛々する。そんなだから彼女もできないのだと言ってやりたくなる。
 「ふーん」
 広げるのも面倒くさくなって、みつほはそれだけで済ませた。自分で聞いておいて酷いやつだと自嘲的に思った。

 その時、シチュエーションに急に既視感を感じた。
 記憶から立ち上ってくる風景がある。
 今の畠山の立場にみつほがいた頃、『彼』の指導を受けていた当時。同じような会話をしたのだ。
 ただし尋ねたのはみつほからだった。先輩は結婚とかしたいんですか?と。昔はもちろん今のように役職で呼んだりしていなかった。

 “もちろんしたいさ。今は相手がいないけどね”
 『彼』は朗らかに笑って答えてくれた。それを聞いたみつほはチャンスだと勢い込み、厚かましくも好みのタイプまで尋ねたのだ。
 “そうだなぁ。自分より年下で、行動力があるといいけれど。お互いのことを一番に考えられる相手ならあとはなんでもいいよ”

 自分こそそうだと言いたかった――結局思うだけで言わなかった。言わなくて正解だった。
 そんなものは全くの嘘で。現実は全然見当違いだったのだから。
 私の一番はあなただけど、あなたの一番は私じゃなかったんですね。

 時計を見る。もう朝礼の時間が近い。他の課員もそろそろ揃い始めた。『彼』はまだ来ないのだろうか。
 疑問に思ったちょうどその時、小走りで入ってくる『彼』の姿が見えた。

 「おはようございます」
 さっきの自分を打ち消すつもりで、少し声を大きくしてみつほは先手を打った。同僚もばらばら続く。
 「ああ、おはよう」
 『彼』が笑顔で答えてくれる。なんだか息をついている様子だ。

 「出るのが遅れてしまってね。年甲斐もなく慌ててしまった」
 尋ねる前に今度は先手を打たれ、みつほは急いで作り笑いをする。上手くできているだろうか?
 「珍しいですね」
 「ちょっと理由があってね。後で話すよ。……では皆さん、集まってもらえますか」

 全員が揃ったのを確認して『彼』は口を開いた。
 「今日は初めに、私事ですが報告をさせてください」
 みつほの心臓が跳ねる。来るものが来たと思う。
 「実は結婚することになりました」
 上手くやれ。みつほは改めて自分に命じた。震えそうになる身体をどうにかこわばらせるだけで抑えた。
 周りがざわめき、ささやかな歓声が起こる。

 「家も引っ越して、二人で住み始めたので慣れなくて。今日はこんなギリギリになってしまいました」
 「課長、出てきたくなかっただけじゃないんですか」
 同僚が茶々を入れる。
 「それもないとは言えないかな」
 『彼』が照れたように微笑むと、どっと笑いが沸いた。

 「式は年末を予定していて、皆さんも招待させてほしいと思っています。よければぜひ」
 一礼。皆が穏やかに拍手をした。
 「ありがとうございます。では、今日の予定から」
 その後はいつも通りの朝礼が続いた。
 みつほはずっと真面目な様子で聞いていたつもりだ。うつむき加減ではあったけれど、おかしくは見えなかったと信じたい。
 でも、上手くできた気なんて、全然しなかった。




 その日の仕事をみつほは流すようにこなした。お客さんにお会いするような機会もあったけれど、どのようなことを話したかろくすっぽ記憶に残っていない。申し訳ないとは思うが、心がついていかなかった。移動の道のりで吹きすさんだ風がとても冷たくて寒々しかったのは妙に覚えている。冬はまだ先のはずなのに。

 早く帰ってしまいたくて、就業時間を過ぎたら早々にデスクを片付けにかかるつもりだった。けれど身体は妙に重くて。気は急いているのに、なんだか遅々として進まなかった。そうこうしていたら、引き出しにしまおうとした書類を落としてしまった。音をたてて床に散乱するA4用紙の束。

 「うわっ」
 思わず声を出した。吐息が漏れる。
 いったい何をやっているのだろう。
 こんなことで、こんなざまだ。

 椅子の上から身を屈めて手を伸ばす。そのまま頭でも抱えてしまおうかな、と投げやりな考えがよぎったが、それは実現することはなかった。かわりに指先は、別の人間の腕に触れた。

 「あ」
 腕の主が間の抜けた声を出す。こちらを見て目を見開いている、畠山だった。隣の席からわざわざしゃがみこみ、書類を拾おうとしてくれたらしい。
 「す、すみません」
 畠山はすぐに下を向いてしまい、慌てた様子で書類を集めてくれる。みつほの視線の先に後頭部があって、もさもさした髪の毛と赤くなっている耳が見えた。

 「なんで謝んの……。ありがと」
 呆れて言い、立ち上がった畠山の手で綺麗にまとめられた書類を受け取る。
 「あ、いえ、すみません」
 肩をすくめて、結局また謝っている。それで済んだと思ったが、畠山は一向に席につこうとしなかった。

 「どうかした?」
 しびれをきらして尋ねると、畠山はしばらく挙動不審気味に目を泳がせたが、やがて意を決したようにみつほを見た。
 「円先輩、今日はもうお帰りですよね」

 「え?う、うん」
 妙に真っ直ぐ見つめられたので、みつほはなんだか身構えた。イスに座っているので見下ろされるようなかたちになっている。思ったより背が高いな、などと脈絡なく考えた。
 
「良かったら、このあと飲みに行きませんか。ちょっと、ご相談したいことがあるんです」
 畠山は視線をそらさないままそう言った。耳がまだ赤かった。


ーー続く(10月第3週公開予定)

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