2017年10月15日日曜日

la la larks二次創作小説『loop』第3章公開!

こんばんは(既視感)。

もう前置きはやめましょう……。

la la larks二次創作小説『loop』第3章公開します!

ここまできたらもう逃げちゃいけない、進むしかないのです。

例えこれが過ちだとしても!

この3章では革命的に話が動き、最終章になだれ込みますよ~お楽しみください!!


↓↓↓本編は以下から始まります。↓↓↓


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畠山に飲みに連れ出された。
思いもかけない出来事に戸惑い、みつほは揺れ惑う。
その振動は心のがらくたの城を壊し、
奥底にあった気持ちを露わにした。
情けないくらいーー
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『loop-廻る私を置いて行く-』
作:川口 けいた/各章扉絵:ガラス(本章では扉絵はありません)

第3章.


 風がぴゅうぴゅう音をたてる。みつほは縮こまるようにして、知らない街を歩いている。

 まだ少しやる仕事があると言うので、畠山とはいったん別れた。再度落ち合う場所として指定されたのは、職場からもみつほの家からも何駅か離れた繁華街だった。

 “よく行く、良い店があるんです。”

 畠山はそう言っていた。気乗りしなかったが、職場の近くで知り合いに会うのも嫌だったので受け入れた。

 気が進まなかったのは正しい反応だった。平日の夜だというのに人がたくさんいて、あちこちでお店の灯りが見え、そこに集う人間の声が聞こえる。電車から出てしまえばあとは家までひとけなし、という生活に慣れている身には疲れる。
 やはり断ってしまえばよかったのだ。畠山の奴と二人きりで飲みに行くなんて、これが初めてくらいなのだし。気の迷いだったと思う。

 けれど、畠山の誘いに乗ってからの一度家に戻るまでの帰路、ほのかに気分が上向く自分も感じていたのだ。
 どの服を着ようとか、お化粧はどうしようとか。久しく忘れていた感覚だった。
 畠山なんぞで構わないほど飢えていたか、と自分を自分で嘲る。そして勝手に落ち込む。
 きっとあんな気分さえも気の迷いだったのだ。
 棚の奥から引っ張り出してきた高級なスカートも、めったに使わないブランドのカバンも、全部色あせて見えた。

 停滞する心とは逆にどんどん歩調は速くなり、人混みをかき分けるようにして進みながらもう今からでもUターンして家に戻ろうかとまで思ったその瞬間、みつほは待ち合わせ場所に着いてしまった。

 駅の正面広場を少し進んだところにある、大きな時計の下。定番の待ち合わせスポットとしてみつほでも名前くらいは知っていた。老若男女、等しく誰かを待っているであろう人がたくさんいる。

 知らず知らずのうちに首をひっこめ、うつむきたくなる。今更戻ることはできない。いや、待ち合わせた時間には未だ早い。畠山はまだ来ていないかもしれない。体調が悪くなったとか言って帰ってしまえば。
 そういう逃避的な思考は、足踏みしてたまたま身体を向けた先にいた畠山と目が合うことで粉砕された。

 「あ」
 畠山がぽかっと口を開ける。向こうも着替えていた。ほとんどスーツ姿しか見たことがなかったので、なんだか別人のように見えた。

 「あ、って何よ。先輩だよ」
 気持ちが逆転して、不機嫌な言葉となって口をつく。
 「あ、いや、すみません」
 慌てたように謝る。また同じ言葉を使っているのはわざとなのだろうか。
 「スーツ着てるところしか知らなかったので、なんかびっくりしちゃって」
 「格好つけてるって思った?」
 とげのある言葉を、刃物みたいに押し付けてやりたくなる。
 
 「そんなつもりじゃ」
 畠山の戸惑った様子に暗い満足感が湧く。ほら見ろ、私はこんなに嫌なやつだ。
 ただその気持ちも、続けられた言葉にしぼみこんだ。
 「その、こんなこと言うとアレかもしれないですけど、すごく綺麗だと思います」
 「……あっそ」
 結局それだけ言って、みつほは誤魔化すようにぷいとあらぬ方向を向いた。調子が狂う。
 
 「ええと、お店、こっちなんで。行きましょうか」
 畠山が待ち合わせた広場につながる大通りを歩き出す。慣れているらしく、人混みの中にも関わらずすたすた進んでいってしまう。前を歩かせるのは嫌だったので、遅れないように急いだ。

 お店は通りの途中で一本逸れた裏道にあった。ほんの少し奥に入っただけで急に人通りも灯りも減って、薄暗くなった中にぽつんとあった。
 「こんばんはー」
 畠山が間延びした口調で声をかけながら入っていく。みつほは慣れない雰囲気に一人でどぎまぎしていた。
 店内は狭く、カウンター席しかない。内側にはきちんとした格好で立つ初老の男性がいて、無言で微笑み会釈をしてくれる。男性の背後にはずらりとお酒の瓶が並んでいて、どうやらバーのようだ。お客はみつほたち以外に誰もいなかった。

 「カルアミルクとアヒージョ」
 畠山は座った途端、さも当然みたいな様子でバーテンとおぼしき男性に頼む。
「何その組み合わせ。普通ワインとかでしょ」
 「美味しいんですよ、ここのアヒージョ。何にでも合うんです」
 気にした様子もない。妙に泰然としているのがしゃくだ。仕事中もこれくらいの余裕を見せてほしい。
 「私はブラッディマリーで、お願いします」
バーテンさんが視線を向けてくるので、みつほもちょっと慌てて頼んだ。
「濃いめで」
とっさに一言添えて。

 「怖い名前のお酒ですね」
 手早く出された真っ赤な液体に、畠山が目を丸くする。
 「知らないの?」
 「ここじゃこれしか飲まなくて」
 対称的に白い液体が入ったグラスが掲げられる。
 「お子様」
 言いながら、みつほも自分の杯を手に取った。
 バーテンさんはおすすめのアヒージョとやらを作るべく、奥に引っ込んでしまっていた。みつほたちしかいない空間に、金属同士が触れる音が響いた。

 「でも、来てくださってありがとうございます。秒で断られるんじゃないかと」
 お互い一口飲むと、畠山はしみじみとした調子で言った。
「どういう奴だと思ってんの」
 みつほは早くも二口目をあおる。身体がかっと熱くなった。辛口の味付けに頭がしびれる。本当に濃くしてくれたようだ。
 「私だってそういう気分になることもあるよ」
 
 「そういう気分?」
 「さえない後輩の誘いにもついて行きたくなっちゃうくらい弱った気分ってこと」
 1秒前まで考えてもいなかった言葉が口から飛び出た。
 何を言っているんだと押し留めようとする自分をアルコールが殴りつけてのす。びりびりする電気が喉をつたって身体に行き渡り、むちゃくちゃに動かしている。
 
 違う――グラスを傾けるのはみつほの手で。こんな風に思いもよらないことを言わせるのも、また自分で。
 「弱ってるん、ですか」
 遠慮がちな反応が刺激となり、みつほをさらに踏み込ませる。

 「そう。そうだよ。私弱ってんの。もう家に帰るのだって億劫なくらい」
 畠山の方に顔を向けてしなだれかかった。
 「ね、このあと、あんたの家行こっか」
 2人の肩と肩が触れ合っている。一方の筋肉がこわばったのが分かった。

 「……円さん、酔ってますね」
 「こんなんで酔わないよ。飲むのなんていつものことだから慣れてる。私ね、片付けもしてないきったない部屋で、毎日一人で晩酌してんの」
 本当に熱い。勢いよく飲み過ぎ。くらくらしそうだ。でも口から溢れてくる言葉は冷水みたいに冷たくて。どんどん自分の心を寒々しくさせる。
 「ね、いいじゃん。畠山君もそういう下心少しはあったでしょ。なんで黙ってるの?え、もしかして私がこんなだって知ってドン引き?もうムリ?ほら何か言っ」
際限なく持ち主を傷つけようとしていた唇の動きは強引に止められた。

 別の唇によって、とかそういうロマンチックな展開ではない。
 畠山がいきなり腕を伸ばして、手のひらをみつほの口に当てたのだ。
 みつほは驚いて反射的に息を止めた。口を閉じようとして、当然のように噛みつく形となった。
「いって」
 畠山が顔をしかめる。その声に我に返ったみつほは、あわててぱっと離れた。
 
 「バカ。アホ。キモい」
 両手で口元を覆って、こもった声で畠山を罵倒する。歯にまだ感触が残っていた。
 「ひどいっす」
 手をぶらぶらさせながら畠山は微笑む。
 「でも、元気になったみたいで、良かったです」
 「元気なんて」
 もっとこきおろしてやろうとしたところで、みつほははたと黙り込む。自分を痛めつけるような酔いも、凍えるような悲しい気持ちも全部吹き飛ばされてしまっていた。

 悲しい?
 
 「どうしたらいいか分からなくって。とっさに手が伸びちゃいました。すみません」
 畠山はまた謝っている。謝るくらいならやるなと思ったが、言葉にはできなかった。
 視界が歪む。
 申し訳なさそうに微笑んでいた畠山が急に真顔になる。
 「元気なんて、出ないよ」
 みつほは言いかけたことを絞り出す。声は震えていた。
 
 「ねえ、畠山君、知ってた?私、課長に片思いしてたの」
 畠山は何も言わない。じっとみつほを見ている。
 「ありえないよね。こんな年になって、片思いなんて。でも、好きだった。すごく。だから、課長が、結婚するって知って、すごく、悲しい」
 城のように積みあがったがらくたに埋もれ、諦めと虚しさの膜に覆われていた気持ちはようやく理解された。
 言葉は切れ切れの小声にしかならない。涙が大粒の水滴となって目から流れ出て止まらない。顔なんてきっとぐちゃぐちゃだろう。
 ひどいありさまだ。こんなことをするつもりはなかったのに。バーテンさんがまだ現れないことを願った。
 畠山は相変わらず無言だ。何を思っているのだろう。みつほには分からない。男の気持ちなんて。

 「そうですか」
 長い沈黙の後、落ち着いた声がみつほの耳に届いた。
 「それはきっと、とても悲しいと思います」
 余計なことを添えない、抑えた口調だった。だから甘えた。
 「君に何が、分かるの」
 手で涙をぬぐいながらそっぽを向いた。店の年季の入った壁と向かいあい、畠山は視界の外へ。
 「分からないと思います。想像しただけです。自分が同じ境遇だったら、どんな気持ちになるか」
 「ほら。どうせ君みたいにのほほんとしてちゃ、失恋したことだって、ないんでしょ」
 「ひどいなぁ。どういう奴だと思ってるんですか」
 苦笑する気配+おどけるような気配。
 「真似しないでよ」
「仕返しです。僕だってそんなような経験くらいありますよ。しかも結構最近」
 「ふん」
 ようやく涙が完全に止まり、みつほは壁から手元へ目を泳がせた。気づけば、かすれ気味ながらも普通の声で話していた。畠山との会話が平静に戻してくれていた。

 「気になるじゃん。まさか、相談したいことってそれ?」
 「実はそうだったんですけど、ま、今日はやめときます」
 「なんでよ」
 そろそろと顔を戻す。畠山がまた現れる。

 「弱ってて、僕なんかに愚痴言っちゃう円さんには話したくないんで」
 その顔は微笑んでいた。
 「すごく仕事ができて僕にも自分にも厳しくて、でも笑顔を絶やさないのが僕の知ってる円さんです。いつもみたいにバーンと指導してくれないと、バーンと」
 「何それ。言ったでしょ、私の部屋とかぐちゃぐちゃで」
 自分はそんな人間ではない、と言いかけた。その前に畠山が被せた。
 「そういうところも含めて円さんっす。いいじゃないですか、今日は言いたいこと言い切って、ぐちゃぐちゃの部屋で寝ましょ」

 勢い込んで前のめりになった畠山の身体が近づいた。
みつほはそれまでと違う方向に胸が跳ねるのを押さえられなかった。
「それで、元気が出た時に僕の話も聞いて下さったら、嬉しいです」
正面から見つめられる。真摯なまなざし。
こんな顔もできるんだな、と思った。

 「分かった、分かったよ。今日は飲むわ」
 誤魔化すように杯をとる。
 「ありがと」
 最後にぼそっと付け加えた。畠山がからかうような表情になる。
 「結構びっくりしましたけどね」
 「うるさい」
 小突くふりをして、赤いお酒を飲もうとした。少し舐めてやめた。

 「すみません、ハイボールください。あとアヒージョってそろそろ」
 店の奥に声をかけると、言い終わらないうちにバーテンさんが戻ってきた。手には湯気を立てる海老のアヒージョの皿が乗っていた。パンが添えられている。
 「ハイボールもすぐお出しします」
 バーテンさんは初めての低くて渋い声でそう言うと、魔法のような素早さでハイボールを作ってくれた。

 「じゃ、改めて」
 畠山が自分の杯を掲げる。
 「カンパイ」
 声を揃えて、炭酸を流し込んだ。
 シュワシュワ、パチパチ、泡のように散々な気分が消えていく。
 あるいはもう消えていたことに気づいたのかもしれない。

 アヒージョの油にパンを浸して、一口食べてみた。
目を閉じる。噛みしめて、味わうために。
 「めちゃくちゃおいしい」
 「でしょ」
 


 明けた火曜日、みつほは例によっていつもの時間に職場に着いた。
 結局あの後、終電間際まで飲んでしまった。身体は重いが、気分はすっきりしたものだった。
 畠山はまだ来ていない。それほど強くないようで、昨日も途中からずっと顔が赤くなったり青くなったりしていた。多少気にはなるが、向こうから誘ってきたのだから同情はしない。サボったら二度と口を利かないと釘をさしておいたから、そのうち現れるだろう。

 むしろ、畠山が来ないうちに済ませたい用事があった。
 席を立ち、歩き出す。
 「課長、すみません」
 既に自分の席に座って新聞を読んでいた『彼』に声をかけた。
 「ん?」
 「今週、お時間ある日、ありませんか?」



ーー続く(10月29日公開予定)

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